2019年11月25日

大相撲スケッチ・前頭6枚目・炎鵬・九州場所勝ち越し

大相撲スケッチ・自身最高位の前頭6枚目・炎鵬・九州場所勝ち越し


元小結・舞の海の再来か?

石川県金沢市出身で、宮城野部屋、身長168cm、体重99kg、得意技は左四つ、下手投げ、千秋楽も左すくい投げで勝った。黄金の左といえるかも。


体重で自分の2倍、身長で20センチ以上もある巨漢力士を相手には、動きが止まっては勝てないので、相手の懐に入り動きで相手を翻弄する。技能賞も取ったことがある。

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ひねり王子」との愛称で呼ばれるように、捻りが得意手。捻りであれば特に左右の区別なしに両方から捻りを繰り出す。また、上手下手も特には関係がないようであり、これまた両方から捻りを繰り出す。兄弟子の石浦が潜りこんで前ミツを取るのに対して、炎鵬はひたすら動いて横から崩すのが特徴で、絶対に止まったら勝てない。

十両昇進当時から、体は小さいが圧力をかけながら相撲は前に出る正攻法であり、稽古場では石浦とも五分五分で、勝つことこそできなかったものの白鵬を押し込むこともあったという。新入幕の時点では、足取りは得意だが稽古土俵では特に足取りをやらないという。つまり正攻法を心がけているということか。

元小結の舞の海と同じ小兵力士なので取り口が似ていることがある。

その炎鵬が九州場所、千秋楽に勝って、前頭6枚目で勝ち越した。これで来場所は幕内上位に上がり、横綱や大関に当たるであろう。楽しみだ。ただ同部屋の白鵬と当たることが無いのが残念。

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2019年02月19日

大相撲スケッチ・44代横綱-栃錦と、45代横綱-若乃花( 初代 )






大相撲スケッチ、44代横綱-栃錦と45代横綱-若乃花( 初代 )

「チクショーッ。オレよりもしぶといヤツが現れやがった」栃錦が若乃花(初代)との初対戦の後に放った名言


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(1954年 [昭和29年] 秋場所での横綱昇進時の初代若乃花[左]と栃錦[右])


【 角界の歴史に残るライバル同士 】
栃若時代」を築いた、栃錦と初代若乃花のふたりが残した名言。ふたりとも体重86キロそこそこの小兵力士。でも、そんなハンデを微塵も感じさせない、闘志あふれる相撲をみせた。
3つ年上の栃錦は、若乃花にまつわる、こんな名言を残している。

「チクショーッ。オレよりもしぶといヤツが現れやがった」(栃錦)

これは、昭和26年夏場所8日目、当時小結の栃錦が、前頭筆頭の若乃花に寄り倒された「初対決」の直後に飛び出した言葉です。
かたや若乃花は、こんな名言を残している。

「栃関に勝てば、喜びは倍になり、負けると、悔しさは数倍になった」(若乃花)

「栃若時代」のクライマックスは、なんと言っても、昭和35年春場所でしょう。この場所、両雄は、初日から負け知らずのまま千秋楽で激突した。横綱同士の千秋楽全勝対決は、史上初のこと。
さて… この運命の大決戦、世紀の勝負は、若乃花が制して、初の全勝優勝を記録。

かたや栃錦は、この一番で精魂が尽き果てたのか、翌場所、引退した。ちなみにこのふたり、引退したあとは、まさに「昨日の敵は今日の友」。ガッチリとスクラムを組んで、「両国国技館建設」という大事業を成し遂げている。ライバルが己を育て、育った自分がライバルを育てる。ライバルというのは、ありがたいもの。その後、柏鵬、北玉、輪湖、貴輪、若貴時代なるものがあったが、以来外国人力士が多くなってからか、曙、武蔵丸は貴乃花のライバルではあったはずも、出ていない。

切磋琢磨という言葉は、ライバルのためにある四文字、ライバルが自分を押し上げてくれる、というものでしょう。


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2019年01月17日

「横綱になると見える景色が違う」稀勢の里、入門時の師匠・鳴戸親方( 元横綱隆の里)から

「横綱になると見える景色が違う」稀勢の里、入門時の師匠・鳴戸親方( 元横綱隆の里)からの言葉

稀勢の里本人も、“大関と横綱では全然違った”と話す。

周囲への強い思いを口にした稀勢の里が「本当に感謝の気持ちを伝えたい」と語ったのが、15歳で入門した時の師匠である当時の鳴戸親方(元横綱・隆の里、2011年死去)。厳しい稽古で稀勢の里を育てた。

鳴戸親方の現役時代の59代横綱・隆の里の土俵入り姿です。

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(稀勢の里の師匠・横綱隆の里)

亡き稀勢の里の師匠が、「横綱になると見える景色が違う」という言葉。だが、この言葉の実感を問われ、“大関と横綱は全く違うものだった。でもまだまだ(4度優勝した)師匠が見ていた景色は見えなかった”と無念さをにじませた。

入門時から指導を受けた先代鳴戸親方(59代横綱、隆の里)、さらにその師匠にあたる元二子山親方(45代横綱、初代若乃花)と、二所ノ関一門における横綱の伝統を受け継ぎ、稀勢の里で3代目。

先代鳴戸親方には「心臓から汗をかけ」とハッパを掛けられたそうで、多い日は1日100番にも及ぶ猛稽古だったそうです。この言葉は、先代鳴戸親方が、元二子山親方に言われてきた言葉で、“土俵に命を懸ける心意気を示せ” という意味もあるという。
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2019年01月16日

稀勢の里がついに引退した

ちょうど2年前の1月場所、前日の日馬富士との一戦で左肩を負傷し、そのケガにもかかわらず、優勝決定戦の末に横綱になって初めて優勝した稀勢の里、さあこれから稀勢の里の時代と思われた。

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(72代横綱 になった頃の稀勢の里)

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(優勝記念写真、後列にはご両親が)

横綱昇進で、明治神宮で奉納土俵入りを披露した。当日は大勢の観客が、稀勢の里の晴れ姿を見につめかけた。寒い日でしたが、それは大変な人数でしたよ。

新横綱の1月場所優勝したが、その次の場所から左肩のケガのせいで、成績が振るわず、今回引退となった。優勝回数2回で終わった。

奇しくも同じように65代横綱・貴乃花が、14日目に当時の大関武双山との一戦で膝を負傷して、横綱・武蔵丸との優勝決定戦に無理をして出場して22回目の優勝を果たしたものの、何場所目かに引退に追い込まれた時と同じケースとなった。

当時、稀勢の里の優勝記念撮影のシーンを描いていあった2枚です。左肩のサポーターが痛々しい。
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2018年12月10日

大相撲スケッチ・第35代横綱・69連勝の双葉山

相撲スケッチ・第35代横綱・69連勝の双葉山


双葉山が生まれた1912年は明治45年(大正元年)で、明治が大正に改元する前に生まれており、明治生まれで最後の横綱。


“ 我いまだ木鶏(もっけい)たりえず ” は双葉山の有名な名言。


後の、時津風・日本相撲協会理事長です


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双葉山の名言



  • 稽古は本場所のごとく、本場所は稽古のごとく
    双葉山が現役を引退後、親方として弟子たちに説いていたのがこの言葉。
    「稽古は本場所のように緊張感を持って取り組みなさい。本場所では硬くならず、リラックスして励みなさい」という意味と考えられるが、あえてこのような表現に抑えることで、弟子たちへの押し付けではなく、個々の自覚を促す教訓。技術面を口にせず、「心技体」から、「心気体」を相撲道の理念とした双葉山らしい言葉。
  • 相撲ぐらい怪我をしないスポーツはない」〈ただ、大相撲ではたった一度のケガは命取りなのでしょうか。貴乃花や稀勢の里もケガに泣かされています。“ 気 ”に影響するのかもしれません。〉
  • 相撲はで覚えてで悟れ
  • われ未だ木鶏たりえず」   木彫りの鶏のように全く動じない闘鶏における最強の状態
  • 勝負師は寡黙であれ
    前人未到の69連勝など、土俵上で無敵を誇っていた双葉山であるが、幼い頃の事故で失明となった右目と、家業を手伝っている最中に潰してしまった右手小指という「2つの大きなハンディ」を背負っていた。しかし、現役中、そのことを決して他人に語ることなく相撲を取り続け、引退まで黙り通している
    2つの大きなハンディを乗り越えるため、必死の努力を続けてきた双葉山のこの言葉は、「木鶏(もっけい)」を目指し、たとえ勝っても喜ぶ姿を相手に見せなかった双葉山の土俵哲学といわれる。
  • 一日に十分間だけ精神を集中させることは誰にでも出来るはずだ(一日のうち十分ぐらいは緊張のうちに身を置くことができないはずはない)」
  • 絶対に同体というものはない

なお、第35、45、55、65代という5のつく横綱に大横綱が多いのです。

まず、35代が双葉山、45代が初代若乃花、55代が北の湖、65代が貴乃花です。最も新しいのが72代稀勢の里ですが、さて75代は現れるでしょうか。生きているうちに見てみたいものです。

さきほど、“あさイチ”で鈴木亮平さんが生出演していました。西郷どんを演じ終えた、鈴木亮平さんの座右の銘は “ 努力は裏切らない ” だそうです。そして、好きなことだそうで、努力=心・気・体かもしれませんし、好きなことに努力できればもうしめたものです。


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2018年10月10日

大相撲スケッチ・黄金の左・第54代横綱輪島逝く






大相撲スケッチ、『黄金の左』第54代横綱輪島逝く


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黄金の左」で、当時“憎いほど強い”と言われ、相手を“ちぎっては投げた”と言われるほど強かった北の湖とともに「輪湖(りんこ)時代」を築いた横綱輪島が逝った。その北の湖との通算対戦成績は、23勝21敗と勝ち越していたというその強さはすごかった。70歳だった。団塊の星だった。


黄金のまわし”をつけていたことから“黄金”の名がついたとも言われる。高級車リンカーンコンチネンタルを乗り回し、懸賞金はそっくり銀座で豪遊したという。その分下の者の面倒見がよく、みんなに慕われた。


輪島は名大関といわれた貴ノ花といっしょに、大関​​に同時昇進してお互い良いライバルでもあり、プライベートでも親交があった。

そして、「貴輪(きりん)時代」を築いていった。“キリン時代”が“タカナワ時代”と読めないこともない。

貴ノ花の息子で、のちに第65代横綱となった貴乃花はまだ小さい頃で、“輪島のおじさん”と言って慕っていたようだ。


当時から「下手投げを得意とする力士は大成しない」というジンクスを覆し、出世していった。

いっとき輪島は胸の厚みが薄いなどと言われたし、強い横綱になるにはまず上手投げを身につけることといわれたが、破天荒の輪島は左の下手投げを最大の武器にして、巨漢の北の湖を投げ飛ばした。

相撲の盛んな石川県の出身。


自分の飲み友達で、輪島と同じ石川県出身と同郷で、相撲部に属していたことがあるという者が、なんと輪島と土俵上で相撲をとったことがあると自慢していたのがいた。体格も違うし、勝敗を聞くまでもなかった。


輪島が亡くなったことで、昭和の名横綱、大横綱、大鵬・千代の富士・北の湖、がいなくなった。ちなみに優勝回数は輪島14回、大鵬32回、千代の富士31回、北の湖24回であった。


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2018年09月29日

大相撲スケッチ・貴乃花の鬼のような形相・22回目の優勝の瞬間






大相撲スケッチ、貴乃花の鬼のような形相・22回目の優勝の瞬間


2001年5月場所の優勝決定戦で武蔵丸を破って、夜叉の面の如く、鬼の様相で土俵上に仁王立ちで、空をにらみつけた。そして、土俵上で、当時の小泉総理から、“痛みに耐えて、よくやった、感動した”の賞賛の言葉が出た。しかし、その後貴乃花にとって7場所連続休場から引退という試練の時代がやってくる。


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     (武蔵丸を決定戦で制して22回目の優勝を決めた瞬間の貴乃花)


大関時代8回もの優勝し、難産の末に2場所連続優勝で第65代横綱となった貴乃花、そして新横綱で迎えた1995年1月場所は初日に武双山に敗れ、前々場所初日から続いた連勝は30でストップした。しかし、千秋楽は13勝2敗で並んだ武蔵丸との優勝決定戦に勝ち、自身初の3連覇を達成した貴乃花。新横綱の優勝は15日制になってからは、大鵬隆の里以来史上3人目であった。ちなみに、稀勢の里は新横綱の場所で優勝している。


3月場所は曙との13勝1敗同士の相星決戦となり、敗れて4連覇は逃したが、翌5月場所でも2場所連続でとの相星決戦となり、雪辱を果たして14勝1敗で優勝した。7月場所では14日目に優勝を決めたが、千秋楽に曙に敗れ、13勝2敗で終えた。翌9月場所でも14日目に優勝を決め、千秋楽は曙を押し出しで破り、自身2度目の3連覇を全勝優勝で飾った。


この時期絶好調で、まさに「貴乃花時代」そのものであった。この頃、“終わってみれば貴乃花”といわれるほど、貴乃花の黄金時代であった。つまり、1敗や2敗の取りこぼしがあっても、千秋楽にはちゃんと貴乃花の優勝で終わるということであった。「平成の大横綱」と呼ばれた。


しかし、横綱日馬富士による愛弟子貴ノ岩の暴行事件以来、相撲協会とのゴタゴタで、いまや引退なのか、退職なのかなどという事態となっている。貴乃花といえば一代年寄りである。他には大鵬・北の湖・千代の富士(九重部屋を継ぐために辞退)の4人だけという大横綱が、このまま大相撲界を去るというのであればさみしい。

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2018年09月25日

大相撲スケッチ・ 十両復帰確実・元関脇・幕下豊ノ島

大相撲スケッチ、十両復帰確実・元関脇で現在は幕下の豊ノ島


大相撲で「左アキレス腱断裂」という大ケガで、幕下へ落ちていた元関脇豊ノ島(時津風部屋)が、九月場所、西幕下筆頭で6勝1敗として、来場所の十両復帰を確実にした。


元関脇で西幕下筆頭の豊ノ島が13場所ぶりの関取復帰を確実にした。十両以上の15番相撲に対し、幕下は7番相撲で今場所6勝目を挙げた日、「きょうの相撲でも動けていた。(感覚は)だいぶ戻ってきている」と納得の表情を見せた。
左アキレスけん断裂などの大けがに苦しみ、何度も引退を覚悟した。それでも気持ちを切らさず土俵に立ち続け、十両復帰までこぎつけた。「ここからがスタート。意味のあるけがだったと引退する時に言えるようにしたい」。35歳での再出発へ気を引き締めた。


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勝ち越しを決めた6日目には号泣したが、この日は笑みを浮かべ「本当ならここで泣くんでしょうね。関取の地位は誇らしい地位だと改めて感じる」と冗談交じりに喜びを表現した。


幕内だった16年名古屋場所前に左アキレス腱を断裂。2場所連続全休し同九州場所で十両も1場所で陥落した。そこから度重なるケガもあり、12場所連続で、ということはまる2年間、関取でない無給の幕下生活が続いていた。妻子のある身で、部屋の親方からもらうお小遣いだけが彼の実入りと言う事になるようです。関取として認められ日本相撲協会から給与が支給され力士として認められるのが十両以上なのです。

現在の幕下陥落前には、大関手前の三役の関脇の地位まで駆け登っていた豊ノ島。ちなみに関脇が日本相撲協会から支給される給料が毎月170万円だったのでいかに今の状況が厳しい状況なのかということ。

今場所勝ち越し、現在は幕下の一番上位なので、来場所13場所ぶりの関取復帰を有力とした時は、花道で感極まって号泣した。


夫人から「泣くのは早い」と叱られたそうで、気を引き締めてつかんだ5勝目。「本来はここで泣くんだけど」と泣くタイミングを早まったことに苦笑い。タオルを取り出し、涙を拭くまねをして笑わせた。

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2018年09月16日

大相撲スケッチ・第58代横綱・千代の富士の土俵入り







大相撲スケッチ、第58代横綱・千代の富士の土俵入り(ちなみに稀勢の里は第72代横綱)


第72代横綱・稀勢の里、連続休場明けの今場所、昨日までヒヤヒヤ相撲ながらも、6勝1敗で“ 進退場所 ”ものこったのこった。まだ相撲感が取り戻せてない今場所、苦労しながらも凌いで勝つのも横綱の責任と実力。今日は中日、先のことは考えずに、今日一番だけに集中すれば、自ずと結果も出るはず。


昭和最強の力士がよみがえる!千代の富士フィギュア(ミニチュア)が超リアルに登場

昭和の大横綱「千代の富士」をこれまでになかったハイクオリティなフィギュアに

他の力士に比べて軽量ながら、優勝回数は大鵬に次ぐ31回、通算勝ち星1045回  (代の富士の勝)


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 (第58代横綱・千代の富士の土俵入りーこれがフィギュアとなった)

端正な顔つきと鋭い眼光、鍛え抜かれた肉体に “ウルフ” の異名を持つ、昭和を代表する大横綱(第58代)「千代の富士」。まさに圧倒的な強さで国民的ヒーローの座についたその姿に、「フィギュア」を制作する原型師が食指を動かされた模様。超リアルな千代の富士フィギュア「第五十八代横綱【千代の富士】 フィギュア 」が登場した。

クラウドファンディングサイト・CAMPFIREで支援募集中の千代の富士フィギュアは、アメコミやアニメのキャラクターを中心に、フィギュアを制作している原型師・阿紋(あもん)氏によるプロジェクト。

「私はこれまで、映画やアニメの中だけに存在するキャラクターを作ってまいりましたが、それらを凌駕する魅力に溢れ、日本に実在したヒーローを是非とも『フィギュア』という形で現代に残したく思い、昨年の2月に九重部屋を尋ね、九重部屋後援会事務局から制作と販売の許諾を頂きました」とのことで、要するに“千代の富士って凄すぎ!”というのが、制作の動機になっている。

フィギュアの概要は、「第五十八代横綱【千代の富士】限定カラーVer.」(褌、化粧まわし:黒)が、全高:約13cm、幅:約17cm(台座を含む)。塗装済みのみ完成品で届けられる。反対に、未塗装版はキットになっており、ガレージキット1セットは全13パーツで構成。

リアルな体つきといい、表情といい、試合前の殺気ともいうべき千代の富士の迫力が十二分に再現されている。

このフィギュア、2018年4月から北海道福島町にある「横綱千代の山・千代の富士記念館」に展示中。もし興味あれば、実物を見ることもできるようです。

このフィギュア、実にリアルで見事。盛り上がる上腕筋、往年の千代の富士の鋭い眼光と集中力、気迫があふれている。


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2018年07月31日

大相撲スケッチ・第49代横綱栃ノ海・新大関栃ノ心の春日野部屋







大相撲スケッチ、第49代横綱栃ノ海、新大関栃ノ心の春日野部屋


栃ノ海という、春日野部屋所属だった小兵横綱が、第49代の綱を締めていたのを知る人は少ないかもしれません。栃若柏鵬時代のすぐ後、輪島北の湖の前の横綱で、体格は、177センチ、110キロほどと小さいにもかかわらず横綱になったのには、稽古と気性の激しさで体格を補った。しかし、小兵でもあり、ケガに泣いて短命横綱で終わったもの。そのきびきびとした相撲は今でも思い出します。ただ、体が小さいこともあり、横綱が下位に負け8勝7敗の場所が続き、引退に追い込まれたようです。


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【未来の横綱候補いるわいるわ/青森県田舎館・栃ノ海杯相撲大会、北東北の小中学生熱戦】


《  第16回栃ノ海杯少年相撲大会第13回栃ノ海杯中学生相撲大会が今月22日、田舎館村民相撲場で開かれ、北東北3県の小中学生計約190人が強さを競った。同村出身の大相撲第49代横綱・栃ノ海のしこ名を冠し、村体育協会が主催している。》



栃ノ海は、椎間板ヘルニアを発症して坐骨神経痛となり、以後は3場所連続8勝7敗を記録し「ハチナナ横綱」と言われたりした。その後は回復し10勝5敗の成績を挙げ、復活するが今度は右上腕の筋肉を断裂というアクシデントにも見舞われ、早くに引退している。


2018年5月場所後に栃ノ心が大関昇進を決めた際には当代の春日野親方(元関脇・栃乃和歌)のお願いにより春日野部屋へと出向き、なんと1962年夏場所以来という、自身と栃光という同部屋同時昇進以来56年ぶりとなる春日野部屋での大関昇進伝達式を見守った。その際には横綱昇進への期待を示し、実現した暁には自身が横綱在位中に使用していた三つ揃いの化粧まわし等の譲渡(使用)を認める意思を示した。なお、2018年5月現在において生存している横綱経験者の中では最年長者であり、最古参である。


なお、栃ノ心は親指のケガで新大関の名古屋場所を途中休場し、九月場所はいきなりカド番場所となる。


大相撲スケッチ、第49代横綱栃ノ海、新大関栃ノ心の春日野部屋


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