2019年03月10日

沖縄スケッチ・大奥が復元された「首里城」





沖縄スケッチ、「大奥」が復元された「首里城


首里城の「大奥」が復元 女官らの湯屋、物見台も 1月28〜31日無料公開された。



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  (手前が「大奥」その向こうが「正殿」、東のアザナエリアの高台から望む)



首里城公園(那覇市)の「正殿の裏側にあり、琉球王国の国王や王妃、女官たちが生活し、王族を除いて「男子禁制の大奥」としての役割があった「御内原(おうちばら)エリア」と、最も高い物見台がある「東のアザナエリア」の開園記念式典が1月27日開かれ、プレオープンとして28〜31日まで無料で公開された。

(おかげさまで、1月30日に無料で見てきました)


式典は県関係者など約200人が出席。県立芸術大の学生による「かぎやで風」で開園を祝った。

玉城デニー知事は「御内原エリアなどの開園で、年間観光客の誘客達成へ向けて大きな弾みとなることを期待している」とあいさつした(謝花喜一郎副知事代読)。

「御内原」では国王が死去した際に子の即位の儀式を行う「世誇殿」や女官たちの浴場とされる「湯屋」などが復元されている。

正式には2月1日から、一般820円で公開された。


首里城は標高120〜130メートルの丘陵にあり、「東のアザナ」は首里城内の最高所にある。首里城内を歩いているだけではなかなか高低差に気づけないが、ここに立てばこんなに高いところに築かれていたのかと驚く。東のアザナから四方を遠くまで見渡せること。首里那覇方面の向こうには東シナ海が広がり、西には慶良間諸島、東には晴れていれば久高島まで見える。この場所からはどの方角もしっかりと監視できる。さすがは「国王のグスク」との感動ありでした。

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2019年01月29日

沖縄那覇市内スケッチ・巨大な壺屋うふシーサー

那覇市内、壺屋通りに忽然と姿を現し、街中に鎮座まします巨大な「那覇のまちの護り神」。高さ数メートルにもなる壺屋うふシーサー」です。

シーサーとは、ライオンをモデルとする架空の動物でその発祥は、古代オリエントやインドだと言われているそうです。

長い歳月をかけシルクロードを旅しここ沖縄には15世紀頃に琉球王朝の大交易時代に中国から伝わったと言われている。

今では赤瓦の屋根や門柱などにその勇姿を見る事ができ、福を招き、邪気を払う、家々の護り神として広く沖縄県民に親しまれています。

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壺屋のシンボルである「壺屋うふシーサー」は300年以上の歴史を誇る伝統の壷屋焼で作り上げられ、さいおんスクエアにたたずむ「さいおんうふシーサー」と兄弟のシーサーとして熟練の陶工の手により魂を吹き込まれ誕生したそうです。

「壺屋うふシーサー」は「那覇のまちの護り神」として、住む人、訪れる人、行き交う人々を温かく見守っています。

いつまでもいつまでも、夢と希望に満ちた明るい未来と人々の幸せ、そして笑顔の絶えない楽しい暮らしを願いながら・・・と記されています。

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2018年04月14日

水彩画風スケッチ・沖縄・デイゴの花が咲いた






水彩画風スケッチ・デイゴの花が咲き始めた・那覇市新都心公園


沖縄県那覇市の新都心公園で初夏の訪れを感じさせる県花デイゴの花が咲き始めました。

4、5メートルの木に5〜6輪の花が咲いていて、メジロなどの小鳥が甘い蜜を求め枝から枝へ忙しく飛び回る姿も見られ、雲の隙間で晴れている所もあって、深紅の県花が空にくっきり映えました。


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デイゴは沖縄が日本の北限。初夏4月から5月にかけて真っ赤な花を咲かせる。成長が早く、幹はごつごつと太くなり高さも10メートルを超え、また枝を横に張るので木陰を作るため公園や街路樹によく栽培され、幹材は柔らかく加工しやすいため、古来漆器の材料として使われた。

沖縄県県花」でもあり、1967年(昭和42年)に県民の投票によって「沖縄県の花」として選定された。​「デイゴが見事に咲くと、その年は台風の当たり年で、天災(干ばつ)に見舞われるという言い伝えがあるり、「島唄」の歌詞にも書かれている。また、県内では「やしきこーさー屋敷壊さー)」とも呼ばれることもあるが、これは根の力が強く、家の近くに植えると根が伸びて家を傾かせてしまうからであるという。

琉球大学で学生が配る合格電報の文面は、「デイゴ咲く」となっているそうです。私ごとですが、はるか遠い昔“イナホサク”の電報を思い出しました。

THE BOOMの名曲『島唄の意味

でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た
(1945年春、でいごの花が咲く頃、米軍の沖縄攻撃が開始された。)
でいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
(でいごの花が咲き誇る初夏になっても、米軍の沖縄攻撃は続いている。)
繰り返す 哀しみは 島わたる 波のよう
(多数の民間人が繰り返し犠牲となり、人々の哀しみは、島中に波のように広がった。)
ウージの森で あなたと出会い
(サトウキビ畑で、愛するあなたと出会った。)
ウージの下で 千代にさよなら
(サトウキビ畑の下の洞窟で、愛するあなたと永遠の別れとなった。)
島唄よ 風にのり 鳥と共に 海を渡れ
(島唄よ、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡り、遥か遠い東の海の彼方にある神界 "ニライカナイ" に戻って行きなさい。)
島唄よ 風にのり 届けておくれ わたしの涙
(島唄よ、風に乗せて、沖縄の悲しみを本土に届けてほしい。)
でいごの花も散り さざ波がゆれるだけ
(でいごの花が散る頃、沖縄戦での大規模な戦闘は終わり、平穏が訪れた。)
ささやかな幸せは うたかたぬ波の花
(平和な時代のささやかな幸せは、波間の泡の様に、はかなく消えてしまった。)
ウージの森で 歌った友よ
(サトウキビ畑で、一緒に歌を歌った友よ。)
ウージの下で 八千代に別れ
(サトウキビ畑の下の洞窟で、永遠の別れとなった。)
島唄よ 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ
(島唄よ、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡り、遥か遠い東の海の彼方にある神界 "ニライカナイ" に戻って行きなさい。)
島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の愛を
(島唄よ、風に乗せて、彼方の神界にいる友と愛する人に私の愛を届けてほしい。)
海よ 宇宙よ 神よ 命よ
(海よ 宇宙よ 神よ 命よ 万物に乞い願う。)
このまま永遠に夕凪を
(このまま永遠に穏やかな平和が続いてほしい。)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ
(島唄は、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡り、遥か遠い東の海の彼方にある神界 "ニライカナイ" に戻って行きなさい。)
島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の涙(なだば)
(島唄は、風に乗せて、沖縄の悲しみを本土に届けてほしい。)
島唄は 風に乗り 鳥とともに 海を渡れ
(島唄は、風に乗せて、死者の魂と共に海を渡り、遥か遠い東の海の彼方にある神界 "ニライカナイ" に戻って行きなさい。)
島唄は 風に乗り 届けてたもれ 私(わくぬ)の愛を
(島唄は、風に乗せて、彼方の神界にいる友と愛する人に私の愛を届けてほしい。)










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2018年02月02日

沖縄スケッチ・沖縄のシンボル・シーサー3題





沖縄スケッチ、沖縄のシンボル、シーサー3題です。

先月30日から、私ミルクジジは那覇に来ておりまして、毎年この季節に沖縄を訪れております。というのも、パック旅行においては、沖縄といえど厳寒期のこの季節、といっても10度を切ることもないとはいえ、閑散期のシーズン、旅行客も夏に比べて少ないのでしょう、最も格安シーズンでありよく訪れます。ホテルは、首里城近くのダブルツリーといって、近年名称が変わったらしく、タクシーの運転手がほとんど昔の名前でしか知らないホテルで、本島はすでにほとんどの所に行きつくしているため、今回も4泊5日の滞在で、那覇や南城市内にノンビリであります。一応旅先でもあり、ブログの投稿がままならず、シーサーブログにちなみ、シーサーのスケッチを3枚アップしてみましょう。

2月3日までノンビリなので、4日からまた“国宝を訪ねてスケッチ”を再開するのでしょう。

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那覇市内の壺屋通りに立つ、「壺屋うふシーサー

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なんとも愛らしい、沖縄の象徴シーサー

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国際通りの入り口付近に鎮座する、「さいおん❤️うふシーサー

シーサーは、沖縄でみられる伝説の建物屋根、村落の高台などに据え付けられる。災いをもたらす悪霊を追い払う魔除けの意味を持ち、屋根の上に設置されるケースが多いとされる。

壺屋のやちむん通り」入口にある「牧志壺屋線シンボル広場」に、高さ3.62m、重さ約3トンの巨大な「壺屋うふシーサー」が設置されている。この巨大な、うふシーサーは、国際通りの「さいおんスクエア」に設置された「さいおん❤️うふシーサー」と同時期に制作され、さいおん❤️うふシーサーとは、まさに「兄弟分」。さいおん❤️うふシーサーよりは約20cm高く、壺屋の陶工の方々が5ヶ月もの歳月をかけ完成させた巨大な焼き物。

沖縄スケッチ、沖縄のシンボル、シーサー3題です。














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2017年06月03日

沖縄スケッチ・家の守り神・シーサー


沖縄のシーサーは家の守り神です。「阿吽の呼吸」で、片方は口を開け(、あ)片方は口を閉じて(、うん)います。

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シーサーは、沖縄県でみられる伝説ので、建物屋根、村落の高台などに据え付けられています。災いをもたらす悪霊を追い払う魔除けの意味を持ち、屋根の上に設置されるケースが多いとされています。

仏教の影響で、単体よりも阿吽(あうん)像一対で置かれることが多い阿吽の違いにより雌雄の別があり、各々役割があるという。一般的に口の開いたシーサーが雄で向かって右側に置き、を招き入れ、口を閉じたシーサーが雌で左側に置き、あらゆる災難を家に入れないとされている。


 門柱の設置方法
   

シーサーを門柱の上に設置するさいは、まず設置する箇所をきれいに

磨いてください。

水洗いしたさいはよく乾燥させてください。注意点としては使用する

ボンドの質でも変わりますので、ボンドの説明書を読んでから接着し

てください。

シーサーの下に、市販されています屋外用のコンクリートボンドを適量

ぬります。

そのまま門柱の上へ置いて動かないように固定してボンドの乾燥をまち

ます。

通常天気の良い日では一日で乾燥します。みなさんよく心配されるのは

雨や風なので動くことですが、大丈夫です。







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2017年06月02日

沖縄スケッチ・うふシーサー


沖縄に来ております。家の守り神シーサーが町中のいたるところで見かけます。なかでも、那覇市内にある巨大シーサー「壺屋うふシーサー」(高さ約3・6メートル、重さ約3トン)を、沖縄スケッチです。

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シーサーはライオンをモデルとする架空の動物で、その発祥は、古代オリエントやインドだと言われています。長い歳月をかけシルクロードを旅し、ここ沖縄には15世紀頃、琉球王朝の大交易時代に中国から伝わったといわれています。今では赤瓦の屋根や門柱などにその勇姿をみることができ、福を招き、邪を払う、家々の護り神として、広く沖縄県民に親しまれています。

壺屋通りの新しいシンボルである「壺屋うふシーサー」は、300年以上の歴史を誇る伝統の壺屋焼で作り上げられ、さいおんスクエアにたたずむ「さいおんシーサー」と兄弟のシーサーとして熟練の陶工の手により魂を吹き込まれ誕生しました。
「壺屋うふシーサー」は、那覇のまちの護り神として、住む人、訪れる人、行き交う人々を温かく見守っています。いつまでもいつまでも、夢と希望に満ちた明るい未来と人々の幸せ、そして、笑顔の絶えない楽しい暮らしを願いながら・・・。

※”うふ”は、沖縄方言で「」や「大きな」を意味しており、他にも「大木」は”うふぎ”、「大人」は”うふっちゅ”と言います。














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2017年06月01日

沖縄スケッチ・沖縄首里城・守礼門

沖縄、首里城の守礼門の沖縄スケッチです。

一昨日より沖縄に来ていて、梅雨入りしている沖縄はカラ梅雨とはいえ、昨日は雨模様で今日も一日どんより曇り空、気温は30度以下と東京より低い程度なのに湿気が多くてムシムシ、じっとりしています。でも、那覇市内の古いアーケードの下の食品売り場を歩いていると、この蒸し暑さが沖縄らしさを感じさせてくれます。







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琉球王国にタイムスリップ

「守礼(しゅれい)」とは「礼節を守る」という意味で、門に掲げられている扁額(へんがく)には「守礼之邦(しゅれいのくに)」と書かれています。「琉球は礼節を重んずる国である」という意味です。首里城は石垣と城門の多い城であるが、いかにも王朝風な門がこの「守礼門」です。中国風の牌楼(ぱいろう)という形式で建立されています。

1527〜55年に建立され、昭和8年(1933)に国宝に指定されたが沖縄戦で破壊された。現在の門は昭和33年(1958)に復元されたもので、その後今日まで沖縄を象徴する観光施設として利用されています。2000年の記念紙幣2,000円札の絵柄にもなっている。






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2016年06月24日

水彩画風スケッチ・23日は沖縄戦の「慰霊の日」沖縄平和祈念公園




水彩画風スケッチ、6月23日は沖縄戦の「慰霊の日」、沖縄平和祈念公園の光景です。

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(沖縄県平和祈念資料館をバックに旧日本軍酸素魚雷)


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(亡くなった人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎」)




沖縄戦の慰霊の日

 沖縄は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者などを追悼する「慰霊の日」を迎えた。最後の激戦地となった沖縄県糸満市の平和祈念公園では正午前から、「沖縄全戦没者追悼式」が営まれました。

 71年前の1945年6月23日に、3カ月近く続いた沖縄戦の戦闘が終結。その27年後の1972年に本土に復帰している。

米軍は1945年3月26日に沖縄・慶良間(けらま)諸島に、4月1日に沖縄本島中部の西海岸に上陸。(米軍の船で海が埋まったように見えたそうです) 壮絶な地上戦となり、多くの一般住民が戦火に巻き込まれ、約20万人が犠牲になったとされる。沖縄県民の4人に1人が亡くなったとされています。

県平和祈念資料館と旧日本軍酸素魚雷】

「沖縄戦に関する様々な資料を収集した博物館」


沖縄県平和祈念資料館は戦争の犠牲になった多くの霊を弔い、平和を祈念するため設立された。常設展では、なぜ戦争が起こり沖縄戦になったか、住民からみた沖縄戦の状況や、終戦から日本復帰までの沖縄が紹介されています。


平和の礎

「太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して戦没者全員の氏名を刻んだ記念碑」


世界の平和を願い、沖縄戦などで亡くなられた全ての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎」を、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して1995年6月23日に建設された。刻銘碑は、平和の広場を中心にして放射状に円弧の形で広がりをもって配置されている。これらは屏風状に並び、約25万名の刻銘が可能となっている。


資料館の前庭には、錆びた旧日本軍が使用していた酸素魚雷(1.7トン、7メートルもあるそうです。)のほか、大砲の砲身などの実物資料が無造作に展示されています。また、アメリカ軍の戦車のキャタピラなども置かれています。






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2016年01月21日

水彩画風スケッチ・沖縄本島南部の丘に建つウエルネスリゾート



​水彩画風スケッチ、沖縄本島南部・南城市の丘に建つウエルネスリゾートです。

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(全景・琉球赤瓦屋根、向こうはエメラルドグリーンの海)

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(エントランスから2階・赤瓦屋根)

琉球赤瓦のリゾートホテルで、南城市にあって那覇空港から車で約40分“ひめゆりの塔”から約25分、広大な敷地が35000坪といいますから12ヘクタール近いということでしょうか、オーシャンビューの太平洋を一望する丘の上にあります。

売りは高台から見下ろす太平洋の絶景と、500万年前の太古の海水の天然温泉、沖縄本島南部ですから冬でも温暖な気候です。この太古の海水というのは地底2000mから湧き上がる500万年前の地層から、太古の海水が含まれた美肌成分の天然温泉「猿人の湯」といいます。

このリゾートホテルでは、3年ほど前に沖縄に嫁いだ娘の結婚式の披露宴でお世話になりました。見事な沖縄料理が中心で、客室には木製の外湯になったような風呂が付き、大風呂は天然温泉という贅沢な気分でした。昼間は新鮮な地元野菜や沖縄料理などの豪華なバイキングありで、以来沖縄へ行くと必ず訪れます。

水彩画風スケッチ、沖縄本島南部に建つウエルネスリゾートの全景と、エントランス前の光景です。
全景の方で、後方は太平洋を見下ろす眺望ですが、沖縄独特のエメラルドグリーンの海が広がり、その向こうに半島のように見えるのは、まるでハワイのダイヤモンドヘッドのようにに見えます。左側にはスポーツ施設が、右側に天然温泉「猿人の湯」があります。

沖縄で、ゆったり琉球気分と沖縄料理、高台のディナータイムに見る眼下の眺望、屋外レジャーと天然温泉の展望風呂を楽しみたい方にはぜひおすすめです。

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2016年01月09日

水彩画風スケッチ・沖縄のシーサーで玄関風水と金運効果


水彩画風スケッチ、沖縄のシーサー玄関風水金運効果です。

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沖縄のシーサーはあちこちでみられます。門柱・屋根の上・玄関・床の間や街中など。

沖縄ではシーサーは家の守り神として屋根の上や門柱に設置して、本来玄関の外に置いたものでした。

一般的な置き方があり、向きや方角等、正面から見て右に口を開けたシーサーを、左に口を閉じたシーサーを置くのが一般的。

シーサーは「外から福を招き入れ、災いを追い払う守り神」といわれ、玄関に置くなら外向き、門柱に置くなら道路に向けて置くということで、「風水的な方角は〜」方角はあまり気にしないらしいが、風水的金運効果で玄関に置くものとしてはいくつか、それは、クリスタル・シーサー・龍や虎の置物・アロマポット等。

・クリスタルは鏡と同じで、運気を増幅するパワーがある。

・龍や虎の置物・対になっているシーサーの置物。

・風水では匂いも大事なので、アロマポットなどの香りのするのも良い。また、グレープフルーツやバラの香りなど。
ここで、もし玄関に龍を置く場合は、シーサーと一緒にしては置かない。
龍はプライドが高いので、他の動物と置かれることを嫌う。
シーサーはできれば玄関の外のポーチや門に置き、室内用の置物であればリビングなどで使う。
玄関で使うには好きなもので良いということですが、風水を使って吉としたい場合には、以上のことに気をつけるべき。

シーサーにはオス・メスがあり、口を開けたのがオス、口を閉じたのがメスです。

水彩画風スケッチ、口を閉じたメスのシーサーで、対に置くには右に口を開けたオスのシーサーを、左には口を閉じたメスのシーサーを置くのが一般的。
また、シーサーの色に意味があり概略的には、赤が仕事運、緑が健康運気で、黄色が金運のようです。
私は今回は黄色のシーサーを那覇の国際通りで手に入れました。そうですもちろん、金運狙いです。


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