2021年01月01日

初夢・色エンピツ画「一富士二鷹三茄子」と円空仏3点

初夢・色エンピツ画『一富士二鷹三茄子』と円空仏3点

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初夢で1年の吉凶を占うという風習で、初夢に見ると縁起が良いとされる「一富士二鷹三茄子」。

富士は「無事」、鷹は「高」、なすは事を「成す」という掛け言葉でもあるらしい。
(富士山の絵は、ダイアモンド富士で、元旦のテレビ朝日モーニングショーでの実況映像です)

そして初夢は、現代では元旦から2日の夜にかけて、または2日から3日の夜に見る夢とされるらしいですよ。

縁起の良い初夢を見て無病息災でいきたいものです。


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2019年06月30日

水彩画風スケッチ・京都南丹市美山町「かやぶきの里・」「重要伝統的建造物群保存地区」

水彩画風スケッチ・京都南丹市美山町「かやぶきの里」「国の重要伝統的建造物群保存地区」


ここは、1992年に全国で36番目となる「国の重要伝統的建造物群保存地区」に選定されました。そして、保存地区の選定を受けた後は、観光の分野にも力を注ぎ、「農業体験宿泊棟の開設」「修学旅行生の受け入れ」「冬に観光客を呼び込む取り組み」を実施しだした。


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観光地に向けた努力

1990年以降になると、経済や社会状況の変化の中で、生活意識や価値観が大きく変わってきた。主には環境問題への関心ふるさと回帰の現象です。そういう意識が社会に芽生えていき、行政や議会も過疎の町を活性化することや、個性ある町づくりをしようという思いが強まってきたので。
そこで、ここ美山町では府と町が1億円近くを折半して、町づくりの事業が進んでいった。内容としては、「かやの確保」「増えてきている来訪者のための食事ができる場所」「資料館の解放」などなど。
また、村にはトイレも設置されるようになったようで、元々は、4箇所しかトイレは設置されていなく、そのため観光バスが来た際はトイレに行列ができたこともあったという。そして、2004年10月から必要最小限かつ景観にも配慮したトイレが設置されるようになったそうで、それほど観光客が多かったということでしょう。確かに、京都北部には、“日本むかし話”に出てくるような独特の茅葺き古民家が多く見られ、タイムスリップ感を味わせてくれ、どこか懐かしさを感じます。






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2019年01月21日

雨宮英夫の油絵・「茅葺き民家を描く」より「雪の山里」・模写







雨宮英夫の油絵・「茅葺き民家を描く」より「雪の山里」・模写


長野県出身の雨宮英夫の、雪の山里(京都府南丹市)」の茅葺き民家風景です。


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             〔 雪の山里(京都府南丹市)模写 〕


茅葺き屋根からツララ〈氷柱〉が下がり、地肌も見えているので、春近い山里風景です。

雲の合間から陽が射していて雪の白さがとても美しい。

屋根の上の方は雪も溶け、茅葺きが見え始め、ツララが下がり、春もそう遠くはないのか。

でも、まだまだ雪は深く、ネコヤナギ〈猫柳〉の芽がふくらみ始め、フキノトウ〈蕗の薹〉が出て来るのもまだ先のようだ。

茅葺き古民家の雪景は今では郷愁そのものか。失われつつある、日本の茅葺き民家。

京都の南丹市美山町のように、茅葺き民家を住居としてそのまま残し、町の景観を維持しているところも多い。

懐かしいような、あたたかいような、穏やかな気持ちになる。

山里の農山村では過疎化が進み、限界集落とかになり、空き家や廃屋の増加が問題の地域も多い。

雪の山里、茅葺き古民家の雪景などを見ると、懐かしさ、美しさ、ホッコリあったかい日本の原風景といえる。

日本の原風景、茅葺き古民家、それも雪の山里、なにか懐かしさと郷愁であろう。

長野県出身の雨宮英夫の、雪の山里(京都府南丹市)」の茅葺き民家風景・模写です。


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2018年12月25日

諏訪湖畔・上諏訪温泉の日帰り温泉・国指定重要文化財「千人風呂」の「片倉館」スケッチ







諏訪湖畔「上諏訪温泉」の日帰り温泉、「国指定重要文化財」「千人風呂」の「片倉館」スケッチ


諏訪湖畔、上諏訪温泉の中心にあり、大浴場「千人風呂」が有名。

深さ1.1mの底に玉砂利を敷きつめた豪華な大理石造り。でも、日帰りで入れる庶民的な温泉です。

昭和の初期に建造され引き継がれてロマン漂う天然温泉大浴場です。

まさに、中世ヨーロッパを彷彿させるよな、豪華な大理石のビーナスの彫刻など、大名気分にしてくれます。


諏訪に入ればまずここの温泉風呂につかり、手足を伸ばし、プールのように深い底の全面に敷きつめられた黒曜石のような、丸い玉砂利で足裏マッサージして、運転疲れの体を癒します。


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レトロな雰囲気のお風呂

    テルマエ・ロマエに使われたお風呂だそうで、とても雰囲気良い温泉です。ちょっと深さがあり、黒色の丸石砂利が敷き詰められていて歩くと足の裏が気持ちよく、自ずと足裏マッサージができます。。「テルマエ・ロマエ」は、ラテン語で「ローマの浴場」の意味。


    天然温泉を豊富にたたえる大理石造りの浴槽は100人が一度に入浴できるほどの広さ。深さ1.1mの底には黒い玉砂利を敷き詰め、立つと心地よい刺激が感じられます。


    また、ステンドグラスや周囲の彫刻、装飾も楽しめる。千人風呂は多くの人に親しまれている芸術のお風呂。
    多くの先人達が好んで訪れた温泉で80年以上の年月が過ぎた、今も価値ある存在だということです。


    上諏訪温泉を堪能するには、ここ片倉館・千人風呂です。


    また、近くには “すわっこランド” という、プールやトレーニング施設のある温泉施設もあり、ここは午後8時以降は半額です。

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    2018年12月18日

    水彩画風スケッチ・国の指定重要文化財・薩摩川内市・旧増田家住宅





    水彩画風スケッチ、国の指定重要文化財・薩摩川内市・旧増田家住宅


    「旧増田家住宅」は、平成26年、文部科学省告示第176号により「国の有形文化財」に指定された。

     


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    旧増田家住宅は、母屋、石蔵、浴室便所、洗い場が一体となって保存されている。敷地入口には、明治6年の石敢当(せきかんとう)があり、母屋はその頃までに建築されたと考えられている。また、石蔵には、大正7年4月竣工の刻銘があります。
    母屋の屋根が当初はかやぶきであった痕跡を確認できたことから、修理前の瓦ぶきからかやぶきに復元したもの。



     重要文化財 新指定の部


     武家住宅の形式を継承している分棟型の近代住居
     
     旧増田家住宅 4棟 おもて、なかえ、石蔵、浴室便所、  附 石敢當 1基
     場所 鹿児島県薩摩川内市入来町

    旧増田家住宅は、「入来麓伝統的建造物群保存地区」に所在し、屋敷は、明治6年頃に建てられた“おもて”と“なかえ”、大正7年の石蔵、大正期につくられた浴室便所で構成されている。
    主屋は、トコのあるザシキのある“おもて”と、土間とダイドコロのある“なかえ”を連結した伝統的な分棟型形式である。おもてとなかえは大きさや位置をほぼ揃えており、この点が近世の武家住宅にみられるかたちと異なっている。
    旧増田家住宅は、近世の武家住宅の形式を継承しながらも、平面構成や規模の変化が近代への移行を示唆している点で価値が高い。大正期までに整えられた屋敷構えも含め、入来麓伝統的建造物群保存地区を代表する近代住居として深い意義がある。

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    2018年12月01日

    水彩画風スケッチ・登録有形文化財(建築物)・野口英世生家 ( 記念館 )






    水彩画風スケッチ、登録有形文化財(建築物)・野口英世生家 ( 記念館 )


    野口英世生家など建造物185件 登録有形文化財に

    野口英世生家主屋の登録有形文化財(建造物)の登録について

     

    平成30年11月16日 開催の「文化審議会文化財分科会」の審議を経て、「野口英世生家主屋」(福島県耶麻郡猪苗代町)が新たに国が登録する登録有形文化財(建造物)として登録されるよう文部科学大臣に答申が行われた。

    この結果、官報告示を経て、正式に登録される見込みとなったとのこと。


    建設年代  

      文政6(1823) /昭和56改修

    特徴等  

     黄熱病や梅毒の研究で知られる細菌学者・野口英世の生家。猪苗代湖畔に南面して建つ寄棟造り茅(かや)葺きの農家主屋で、土間と広間、座敷、納戸からなる。建築年代が明らかで、会津地方の伝統形式の指標となる民家建築。


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    国の文化審議会は16日、「野口英世生家主屋(しゅおく)」や「旧吉田茂邸サンルーム」(神奈川県大磯町)、「七条大橋」(京都市)など34都道府県計185件の建造物を登録有形文化財にするよう、文部科学相に答申した。近く告示され、建造物の登録は1万2128件になる。

    登録有形文化財は築50年以上が対象。審議会は、ハンセン病療養施設「長島愛生園旧事務本館」(岡山県瀬戸内市)や昭和を代表する建築家、村野藤吾(とうご)設計の「甲南女子大学管理棟」(神戸市)など昭和期の建造物も数多く答申した。


    野口英世の生家は江戸後期の茅葺き農家。1歳半のときに落ちてやけどを負ったいろりも保存されている。

    旧吉田茂邸は平成21年の火災で主屋が焼けたが、サンルームは焼失を免れた。七条大橋は、大正2年に完成した鉄筋コンクリート・アーチ橋。


    ちなみに、意外に知られていないのでしょうが、野口英世の銅像は東京「上野公園」に、吉田茂の銅像が東京「北の丸公園」に建っています。

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    2018年11月01日

    水彩画風スケッチ・日本の原風景「新潟県柏崎市高柳町荻ノ島」の町並み

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    水彩画風スケッチ、日本の原風景「新潟県柏崎市高柳町荻ノ島」の町並み


    じょんのび高柳”


    “じょんのび”とは、「ゆったりのんびりとした、真から気持ちいい」というニュアンスを持つ、この地方のお国言葉(新潟の方言)。

    観光協会の“じょんのび高柳”ロゴは、「のんびり、くつろげる高柳に、ぜひ、おいで下さい」という意をこめている。


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    茅葺きの里」として知られ出した荻ノ島集落は山村集落の原風景そのもの。

    新潟県柏崎市街から直線距離にして約20km、山間豪雪地にある。


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    集落は珍しい形態の「環状茅葺き集落」で、40棟ほど建つ約半数が茅葺きで、その茅葺き屋根の家々が田んぼを囲むように円形に建っている。外敵から田んぼを守るためと云われているも、管理面でもこれが一番合理的だったのか。


    山村集落の原風景を残す、荻ノ島集落の茅葺き民家の形態は「中門造り」と云われ、主屋の棟とは直角に突出するL字型の茅葺き民家である。突出部は厩・作業場・便所・出入口・寝室・流し。そして「茅葺き屋根は寄棟」が多い。


    昭和30年代には100戸程あった家も、過疎に悩まされ人口減少が止まらないと、今、官民共同で村おこしに力を入れている。集落内にあった2棟の「茅葺き屋根の宿泊施設」もその一環とのこと。

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    2018年10月25日

    苔むした茅葺き古民家の展示館スケッチ・飛騨の里・旧八月一日家「ほづみ」






    苔むした茅葺き古民家の展示館スケッチ、飛騨の里・旧八月一日家「ほづみ」(日本の珍しい苗字)


    八月一日』と書いて “ほづみ”。庫裡として使われていた。今はソリの展示館として公開している


    実在する日本人の珍しい苗字25選


    その第14位『八月一日』
    こちらは「ほずみ」「はっさく」「やぶみ」など、いろいろな読み方があるそうで、
    旧暦の八月一日は新暦の九月十日頃に当たり、飛騨地方では、この頃になると粟・稗などの穂が実り収穫したことから、八月一日と書いて「ほづみ」と呼んでいた。

    他にも月日が苗字になっているものはあり、

    そして第13位が、『四月一日』

    四月一日と書いて読みは「わたぬき」。パソコンやスマホで変換してもちゃんと出てきます。理由は四月一日になると綿の入っている着物を脱いであわせの着物になる事から、だそうです!


    ちなみに、他にも「こよみの名字」はあり、
    『六月一日』(うりはり、むりはり、くさか)
    『八月十五日』(なかあき、あきなか)

    『十月二十九日』(つめずめ)
    『十二月一日』(しわすた、しわすだ、ひずめ)等


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    旧八月一日家
    住所 /岐阜県高山市荘川町
    建築年代/江戸時代末期
    市指定重要文化財

    桁行14.4m、梁間8.2m
    2階建 茅葺き入母屋造り
    外観の特徴/出窓付きの破風がある。


    旧八月一日家は、旧大野郡荘川村にあった「西願寺」の庫裡(住職たちが居住する建物)として建てられた家で、現地では庫裡と本堂とが廊下で結ばれていたそうです。


    現在、室内では飛騨地方で用いられたソリが多数展示されている。飛騨地方においてソリは、積雪の多い冬期間、最も重要な運搬手段であった。牛馬に引かせる大きなソリが旧八月一日家の縁に展示されている。

    また、囲炉裏などで燃やす薪は、厳しい冬の飛騨地方において大切な燃料であって、薪を運ぶのは冬の重要な仕事で、雪国の生活にソリは欠かせなかったのでしょう。

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    2018年10月24日

    冬枯れの茅葺き古民家スケッチ・埼玉吉見町・養蚕農家






    冬枯れの茅葺き古民家スケッチ、埼玉吉見町・養蚕農家


    〈埼玉県比企郡吉見町〉

    埼玉県中部、荒川中流西岸の町。比企(ひき)郡
    農業は畜産・イチゴや花卉(かき)の栽培が盛ん。

    横穴墓群の吉見百穴(ひゃっけつ)は「国の史跡」、吉見百穴(ひゃくあな)ヒカリゴケ発生地は「国の天然記念物」に指定。

    ー 国指定天然記念物 ー
     ヒカリゴケはコケ類の一種であり、緑色の光を放出しているように見える。吉見百穴の横穴墓内にはヒカリゴケが自生している。


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               (冬枯れの埼玉吉見町・養蚕農家)


    全国2位の養蚕農家

    平成27年の全国の養蚕農家数は368戸
    全国の「繭」生産量は135t
    年々、農家数、繭生産量ともに著しく減少。
    平成27年度の養蚕農家数及び繭生産量を各県ごとにみると、
    群馬 133戸 47t
    埼玉  31戸  9t
    栃木  23戸 21t
    長野  16戸  4t
    (上位4件)
    このように、養蚕農家は関東に多く、埼玉の養蚕農家数は31戸で全国2位は意外!
    繭生産量としては全国3位!
    現在の秩父地域の養蚕農家軒数は10軒ということで、これも少ないといえるか多いといえるか。

    いずれにしても、養蚕農家は高齢者の方が多くまた担い手超不足なのが現状。
    大日本蚕糸会が出している「シルクレポート」では、いろんな養蚕の情報が掲載されている。

    昔も今も「」といえば「、養蚕は日本の伝統、秩父地方ではまだ懐かしさ漂う桑畑が見られます。
    ということは、まだまだ養蚕が現役だということ。

    「 赤とんぼ  」   
    三木露風作詞・山田耕筰作曲

    夕焼小焼の、赤とんぼ
    負われて見たのは、いつの日か
    山の畑の、(くわ)の実
    小籠(こかご)に摘んだは、まぼろしか

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    2018年09月28日

    「太陽の塔」スケッチ・の謎に迫るドキュメンタリー映画が公開

    「太陽の塔」スケッチ、の謎に迫る「ドキュメンタリー映画」が公開


    今春、48年ぶりに内部公開が始まって話題になった岡本太郎「太陽の塔」。1970年大阪万博の文字通り「顔」となった作品です。見れば見るほど「ベラボー」な造形に太郎が込めた思いとは? 気鋭の監督が迫るドキュメンタリーが公開です。



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    ドキュメンタリー映画『太陽の塔』では、当時の記録フィルムのほかに「岡本太郎記念館館長」らが岡本太郎と「太陽の塔」について語る。チベット言語学者、密教学者、チベット仏教僧侶、考古学者、学芸員といった人々も。

    太陽の塔」の高さは70メートル。これだけのものになると建築家の協力が不可欠だ。彼らは太郎から届いた100分の1の模型のレプリカをつくり、1センチ刻みでスライスして、そこから図面をおこしていったという。

    芸術は爆発だ!』『日本のピカソ』で有名な岡本太郎は、「ぶつかり合うことが調和なんだ」と言った。“壁を壊すことで浸透性を持たせ、さまざまなものと衝突し、つながりあうこと”。岡本太郎が「太陽の塔」で具現化したメッセージが50年近く時を経た今、改めて重要な意味を持つ。


    渋谷駅連絡通路に設置されている壁画「明日の神話」、メキシコで行方不明になったものが発見され、輸送され組み立てられて、2008年に渋谷に恒久設置された。その巨大な壁画を見ていて、特異で個性のくっきりした、“衝突”  “つながりあい”なのでしょうか、パワーをもらえます。


    『太陽の塔』

    2018年9月29日より渋谷・シネクイント、新宿シネマカリテ、シネ・リーブル梅田ほか全国公開。

    現在、大阪の〈あべのハルカス美術館〉では展覧会『太陽の塔』を開催中(〜11月4日まで)

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