2018年11月03日

四国八十八箇所スケッチ・第70番札所・本山寺・五重塔







四国八十八箇所スケッチ、第70番札所・本山寺・五重塔


本山寺(もとやまじ)は香川県三豊市にある「高野山真言宗」の寺院で、鎌倉時代再建の本堂は『国宝』。本尊は「絶対秘仏馬頭観音菩薩」。


『本山寺五重塔 平成の大修復』


2015年10月から足場を組み始めて、上のほうからすべて解体。京都で文化財の修復などに関わってきている2名の大工さんが3年工期でつきっきりだったもの。
今年、平成30年には、修復された新しい五重塔が、お披露目されるとか。


五重塔の修復工事では明治時代からのオリジナルな部分を残しつつ、地震や台風などから塔を守る様々な工夫が施されていて、再びよみがえりつつある五重塔。



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現在、四国八十八カ所霊場の中で、五重塔があるお寺は4カ所あるうちの一つが、この本山寺。(他に竹林寺・志度寺・善通寺)


明治43年に完成した現在の五重塔。


お釈迦様の遺骨を納める「仏舎利」としてお寺の象徴のような五重塔で、本山寺では、江戸時代にはあったものが、明治20年ころにはなくなっており、これをもとに戻そうと建設が始まり、明治43年に完成したものが、現在の五重塔。


その五重塔の大修復が行われている。1946年の南海地震でも倒れることはなかった。


雨や風で建物が痛み始めているがわかっていたので、平成の大修復となった。


木を組んで建てられている昔ながらの仏教建築で、普通の五重塔の場合、2階以上には、木が複雑に絡んでいるために入ることができなくなっていることが多いが、本山寺の五重塔は中を上まで上がることができる。

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2018年09月12日

水彩画風スケッチ・四国八十八箇所・第17番札所・井戸寺

水彩画風スケッチ、四国八十八箇所・第17番札所・井戸寺


「井戸寺」は、徳島市国府町にある寺院で、徳島平野の中央を流れる「吉野川」の流域の稲作地帯にあり、宗派は「真言宗善通寺派」、瑠璃山(るりざん)、真福院(しんぷくいん)と号す。本尊は薬師仏を中心に1体、左右に3体ずつ安置した「七仏薬師如来」で、聖徳太子と伝えられる。

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                       (武家造りの山門)


山門仁王門 は、朱塗りで大型の「武家造り徳島藩主蜂須賀氏の大谷別邸より移築された。


「面影の井戸」で無病息災を願う


17番札所「井戸寺」はお寺の名前の由来にもなっている「面影の井戸」が有名。

この井戸は、弘仁6年(815年)に弘法大師がこの地を訪れた際に、水不足や濁り水に悩んでいるのを哀れみ、自らの錫杖で井戸を掘ったところ、一夜にして清水が湧き出したといわれている。
そこで、寺名を「井戸寺」にあらため、村の名前も「井戸村」にしてしまったそうです。

 井戸を覗き込んで自分の姿がうつれば無病息災うつらなかったら3年以内の厄災に注意しなければならないとのこと 

お大師さまの水にまつわる伝説は、遍路道でもいろいろな場所で存在する。
治水や土木の技術がまだまだ発達していない時代に、各地で水に関する事業を行っておられたそうで、これが各地の伝説に関連しているといわれている。

飛鳥時代より続く由緒ある寺

「井戸寺」は、創建が白鳳2年(673年)で、奈良時代より前の飛鳥時代より続く由緒あるお寺。
天武天皇(在位673〜686年)の勅願で建立され、「井戸寺」に改名する前の寺名は「妙照寺」といい、寺域はとても広く、隆盛を極めていたとのとこと。


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2018年08月31日

水彩画風スケッチ・四国八十八箇所・第79番札所・天皇寺の三輪鳥居







水彩画風スケッチ、四国八十八箇所・第79番札所・天皇寺三輪鳥居


天皇寺(てんのうじ)は、香川県坂出市にある「真言宗御室派」の寺院で、山号は「金華山」、本尊は「十一面観世音菩薩」。


山門はありませんが、大きな赤鳥居が建っています。


境内は崇徳上皇を祀っていた「白峰宮」に隣接し、白峰宮が崇徳天皇社であったときその別当寺であった。 現在は、崇徳上皇を祀ってはいないが歴史的経緯から天皇寺の名称を持つ。


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(天皇寺の三輪鳥居)



天皇寺」の縁起によると、弘仁年間(810〜824年)に空海がこの霊泉を訪れた際に、御本尊とする「十一面観世音菩薩」をはじめ、脇侍として「阿弥陀如来」「愛染明王」の三尊像を彫造し、「摩尼珠院 妙成就寺(まにしゅいん みょうじょうじゅじ)」を創建したのが、現在の「天皇寺」の起源といわれている。


明治初年の『神仏分離令』によって摩尼珠院(まにしゅいん)が廃寺となり、崇徳天皇社白峰宮と改称し初代神官には摩尼珠院主が赴任した。また、明治天皇の宣旨により崇徳院御霊は京都白峯神宮へ戻られた。 その後、明治20年に近くにあった末寺の「高照院」が移転して79番札所を引き継いだ。


三輪鳥居


三輪鳥居(みわとりい)は、鳥居の様式の1つで、三ツ鳥居(みつとりい)ともいって、1つの「明神鳥居」〈もっとも普通の鳥居で、両端が反り、木造は朱塗りが多い〉の両脇に、小規模な2つの鳥居を組み合わせたもの。

この「三輪鳥居」は、名古屋の「三輪神社」や埼玉の「三峯神社」など、全国でも珍しく、門を8の字を書くような正式のくぐり方があるようです。

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(埼玉県・三峰神社の三輪鳥居)


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2018年08月30日

水彩画風スケッチ・四国八十八箇所・第64番札所・前神寺本堂






水彩画風スケッチ、四国八十八箇所、第64番札所・前神寺本堂


前神寺(まえがみじ)は、愛媛県西条市にある「真言宗石鈇派総本山」の寺院。石鈇山(いしづちさん)、金色院(こんじきいん)と号す。本尊は阿弥陀如来。「日本七霊山の1つ、石鎚山 (いしづちざん、1982m) の麓に位置する。


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     (前神寺・本堂)


前神寺は、山岳信仰の山として崇拝される富士、大山など「日本七霊山」の一つ、国定公園・石鎚山(標高1982mの麓にある。真言宗石鉄派の総本山であり、修験道の根本道場でもある。弘法大師は若い空海のころ、この石鎚山に2度入山しており、虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)や37日におよぶ護摩修法、あるいは三七日(21日間)の断食修行をしたことが知られている。〈虚空蔵求聞持法ーある真言を、ある場所へ行き、そこで一定の時間内に百万回となえれば、あらゆる経典を暗記することができ、しかも見聞きしたり知覚した全てを忘れることがないというインド伝来の驚異の記憶術

日本七霊山」とは、他に富士山(静岡県、山梨県)、立山(富山県)、白山(石川県、岐阜県)、大峰山(奈良県)、釈迦ヶ岳(奈良県)、大山(鳥取県)がある。

この寺は、四国一の高さを誇り、山岳信仰の山でもあり、日本の七大霊山の一つ石鎚山の麓に位置している。それは、お隣にある石鎚神社とも霊山石鎚山と、とても関係深くお祀りしているお寺で、7月には山開きが盛大に行われる。また、境内には、昔、滝修行をしていたところに不動尊が祀られ、1円玉を投げ、その岩にくっつけば願いがかなうそうです。


木立に囲まれ、両翼を備えた見事な入母屋造りの「本堂」

山の中のように空気はひんやりとしていて、夕方などは参拝者は少なく静まり返り、幽玄な空気につつまれている。鋭い角度の屋根が空気を切り裂くようでもあり、青緑の銅板瓦屋根と木々の緑のコントラストも目を見張るものがあります。

水彩画風スケッチ、四国八十八箇所、第64番札所・前神寺本堂です。


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2018年08月25日

水彩画風スケッチ・四国八十八箇所・第72番札所・郷照寺








水彩画風スケッチ、四国八十八箇所・第78番札所・郷照寺(ごうしょうじ)


「郷照寺」は、香川県宇多津町にある時宗寺院で、山号は仏光山、本尊阿弥陀如来


数年前に第72番郷照寺を巡った時にスケッチしたものです。境内からは瀬戸内海にかかる瀬戸大橋の眺望が見事です。本日より台風の去った四国を2〜3日訪れ、できれば「区切り打ち」「一国参り」でもやれればと考えています。


往時から港町として栄え、「四国の正面玄関」とでもいえる場所なので、高僧・名僧との由縁が深い霊場である。厄除けの寺としても有名で、地元では「厄除うたづ大師」と呼ばれ、また、四国霊場で唯一「時宗」の霊場である。



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縁起によると、郷照寺は神亀2年(725)、行基菩薩によって開創された。行基菩薩は55センチほどの「阿弥陀如来像」を彫造し、本尊として安置され、「仏光山・道場寺」と称した。


大同2年(807)に弘法大師が訪れ、仏法有縁の地であると感得し、大師自身の像を彫造して「厄除けの誓願」をされた。この木造の大師像は「厄除うたづ大師」として今も広く信仰されている。


水彩画風スケッチ、四国八十八箇所・第78番札所・郷照寺です。

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2018年07月26日

四国八十八箇所・第73番札所・出釈迦寺の奥の院・捨身ヶ岳弾定









四国八十八箇所スケッチ、第73番札所「出釈迦寺」の奥の院捨身ヶ岳弾定


出釈迦寺(しゅっしゃかじ)は、香川県善通寺市にある「真言宗御室派」の寺院我拝師山 求聞持院 出釈迦寺と号する。本尊釈迦如来

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標高481mの我拝師山〔がはいしさん〕は、弘法大師が「真魚」〔まお〕と呼ばれていた7歳のとき、この山に登り、仏門に入って衆生を救済したいという願いがかなうならば霊験を現すよう、もしかなわないのであれば我が身を以て諸仏を供養すると念じて、断崖より飛び降りた。すると紫雲が湧き起こって「釈迦如来」が出現し、「天女」が真魚を受けとめた。そして釈迦如来は「一生成仏」と告げた。


一生成仏

今という一瞬は今というひと時の成仏の相なり

わが身を先とせず、わが心を先とせず、自分自分という心を打ち捨てて、全自己をそこに投げ出すということ。


願いが成就することを告げられた大師は感激し、釈迦如来の姿を刻んで「一宇(一棟の家・建物)」を建立した。この時、我拝師山と改められたと伝えられる。これが73番札所出釈迦寺の縁起である。


出釈迦寺の脇の道を進んでいくと我拝師山に登る参道がある。石灯籠の並ぶ参道を頂上近くまで登っていくと山門があり、立派なお堂が見えてくる。これが根本御堂で、お釈迦様が現れたと伝えられる場所である。元はここが出釈迦寺であったが、江戸時代に山麓の現在地に移転した。
弘法大師が飛び降りたという「捨身ヶ嶽禅定」は、根本御堂の脇の登山道をさらに登ったところにある。かなり急な山道で、鎖をつたって岩を登るようなところもある。お堂(鐘楼)と頂上の中間にある岩場である。下を覗くと、ちょうど根本御堂の屋根が見える。
捨身ヶ嶽禅定の「納経印」は根本御堂でいただけるが、出釈迦寺の納経所でも可能のようである。


四国八十八箇所スケッチ、第73番札所「出釈迦寺」の奥の院「捨身ヶ岳弾定」です

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2018年07月20日

国宝スケッチ・四国八十八ヶ所・第51番札所石手寺・仁王門






国宝スケッチ、四国八十八ヶ所・第51番石手寺仁王門


「石手寺」の境内には、1番札所から88番札所までの全札所の土」がおいてあり、すべてを触ることで88か所めぐった場合と同じ功徳を積めるといわれています。これは、四国遍路ができない人のために、四国遍路を身近に感じてもらうためのもの。同寺ともゆかりが深く、「四国遍路の元祖」ともいわれる「衛門三郎(えもんさぶろう) 」にちなんで、高野山からスタートします。


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愛媛県松山市にある石手寺(いしてじ)です
愛媛県下の国の重要文化財(建造物)49のうち7つが石手寺にあり、そのなかでも仁王門は「国宝」。
石手寺は道後温泉から1km程と近く、四国遍路の元祖といわれる「衛門三郎伝説ゆかりの寺」としても知られ、愛媛県を代表する四国八十八ヶ所霊場の1つ。

広大な敷地には重要文化財の建造物のほか、七転八起を祈る元気石」や「マントラ洞窟」、四国八十八ヶ所「お砂撫で」(おすななで)など見どころ満載なお寺。
また、観光ガイドブックの『ミシュラングリーンガイドジャパン』で1つ星に選定されている。

ミシュラン・グリーンガイドとは

フランスのタイヤメーカー「ミシュラン」が発行する旅行ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャパン」で、各地の魅力を伝える旅行ガイド。好奇心に満ちた旅行者たちが、訪れる土地をよりよく理解し、充実した旅を楽しめるような情報を満載している。豊かな自然や多彩な文化遺産など各地を独自の方法で調査し、旅行者に勧めたい場所が掲載され、その中でも特に勧めたい場所は「三つ星」から「一つ星」までの星の数で表している。

掲載地は旅行者への薦め度という観点で、「星なし」から「わざわざ旅行する価値がある」という三つ星まで分類されている。

★★★
 「わざわざ旅行する価値がある
★★
 「寄り道する価値がある
 「興味深い

石手寺は、大勢のお遍路さんや観光客が訪れて四国の弘法大師ファンの中心的なお寺であり、初詣の参拝者数は愛媛県内トップの24万人以上と、地元でも多くの人々に愛されている寺です。

国宝スケッチ、四国八十八ヶ所・第51番石手寺仁王門です
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2018年07月11日

国宝スケッチ・四国八十八箇所・第52番札所・太山寺・本堂








国宝スケッチ、四国八十八箇所・第52番札所・太山寺「国宝本堂」です。


太山寺(たいさんじ)は、愛媛県松山市にある「真言宗智山派」の寺院


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のどかな集落


集落の横を走る通りに「一の門」がある。そこからこの集落を二つに分けるように長い参道が小高い山に向かって続く。両脇に民家が並ぶものの,土産物屋や休憩所は全くなく、一つ前の寺「石手寺」とは大きな違いだ。これが四国遍路のほぼ平均的な姿であろう。

長い参道を行くとやがて急な石段に突き当たる。そこを登り切ると堂々たる門の前に出る。一息つき今しがた登ってきた方を振り返ると,集落の全体が眼下に見渡せる。のどかな松山市郊外の集落だ。

本堂」はここからさらに昔の街道筋を思わせるような山道をさらに15分ほど進む。寺域は結構広く、急な石段がまた現れる。手すりを頼りにようやく境内に出る。



国宝
建立は、嘉元3年(1305年)、行7間 (16.38m)、梁間9間 (20.91m)、屋根入母屋造本瓦葺きで木造建築としては県下最大。柱はすべて円柱で、正面の柱間をすべて[]とする。
(しとみ = 平安時代から住宅や社寺建築において使われた、格子を取り付けた板戸。上部に蝶番をつけ、外または内側に水平に釣り上げて開ける。しとみど。)
建築様式は和様を基調とするが、虹梁(こうりょう)の形状など細部に大仏様(天竺様)を取り入れている。参詣者が立ち入る板敷きの奥は柱間5間×5間分の床を一段高く造り、外陣(げじん)、内陣とし、内陣には横長の宮殿 (厨子)を置き、7躯の「十一面観音立像(秘仏)」を安置する。
昭和29年(1954年)「国宝」に指定された。宮殿の7躯の「十一面観音立像」は、平成26年(2014年)10月、50年ぶりに、宮殿の背後に祀られている「五智如来」や多くの仏像と共に公開された。

国宝スケッチ、四国八十八箇所・第52番札所・太山寺「国宝本堂」です。

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2018年07月08日

水彩画風スケッチ・四国八十八ヶ所・第62番札所・宝珠寺







水彩画風スケッチ、四国八十八ヶ所・第62番札所・宝珠寺です。


宝寿寺(ほうじゅじ)は、愛媛県西条市にある寺院で、天養山(てんようざん)、観音院(かんおんいん)と号す。本尊は「十一面観世音菩薩」。


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四国八十八ケ所霊場会脱退騒動

昨年、お遍路で参拝する寺院などで結成された任意団体「四国八十八ケ所霊場会」が、宝寿寺の住職に対し「参拝者への暴言や暴行で巡礼を妨害し、霊場の名誉、信頼を損なっている」として、「妨害行為の禁止」などを求めて高松地裁丸亀支部に提訴した。

これに対し、住職は「霊場会の会員になった覚えはなく、納経所の運営は霊場全体で統一的に行う必要はない」として、住職就任の際に霊場会の会員にはならないと通告したと反論した。

そして、今年3月、高松地方裁判所丸亀支部は、「宝寿寺は霊場会の正会員とは認められず、規則を履行する義務はない」、宝寿寺の霊場会からの脱会を認める判決を下した。

ただ、お遍路の「世界文化遺産登録の動き」もあるので、今後この騒動が尾を引かないのがよいのでは。

 でも、この判決で四国八十八ヶ所の札所の62番が「欠番」になることはなさそうで、そのまま八十八箇所のようです。

 四国八十八カ所の寺院が霊場会から脱退するのは初めてらしい。


札所の寺院に設置されている「納経所」は参拝者が名前や願い事を書いた納札を奉納したり、納経後に御朱印などもらったりする施設で、霊場会の規則では「納経所」は年中無休で、受付時間は〈午前7時から午後5時まで〉と定められているのが、宝寿寺の住職は受付時間を〈午前8時からと短縮し、正午から午後1時までを昼休み〉と称して納経所を閉鎖だそうで、その点では注意が必要かも知れません。


さあ、この夏も〈乱れ打ち弘法大師同行二人やろうかな!?

巡拝方法について 編集

遍路は順番どおり打たなくて、またどの寺から始めてもよく、移動手段や日程行程などもさまざま。1度の旅で八十八箇所のすべてを廻ることを「通し打ち」、何回かに分けて巡ることを「区切り打ち」といい、区切り打ちのうち阿波、土佐、伊予、讃岐の4つに分けて巡礼することを特に「一国参り」という。また、順番どおり廻るのを「順打ち」、逆に廻るのを「逆打ち」(ぎゃくうち、または、さかうち)という。近年は順序にこだわらず打つことを〈乱れ打ちといわれている。


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2018年06月24日

水彩画風スケッチ・四国八十八箇所・58番札所・仙遊寺







水彩画風スケッチ、四国八十八箇所・58番札所・仙遊寺です。


仙遊寺(せんゆうじ)は、愛媛県今治市玉川町にある「高野山真言宗」の寺院作礼山(されいざん)、千光院(せんこういん)と号す。本尊は「千手観世音菩薩」。


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境内は、山号になっている作礼山の山頂近い標高300mの高台にあり、今治の市街地や四国一高い今治国際ホテルは眼下に望める。その先には瀬戸内海に浮かぶ島々、さらには平成11年に開通した「しまなみ海道」も一望できる眺望豊かな地にある。




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「仙遊寺」にはさらにお大師さまの伝説も残っており、空海が四国霊場開創時に「仙遊寺」で修法された際に、地域住民が疫病に苦しんでいたことから、錫杖(しゃくじょう= 遊行が携帯する道具の一つである)  で井戸を掘り、その水で住民を疫病から救ったとのことです。

その井戸が、山門と境内の間の急坂石段の途中に今も残っており、枯れることなく湧き続け、霊験あらたかな「御加持水」として、地域住民は元より、遠方から水を求める人もいるそうです。


水彩画風スケッチ、四国八十八ヶ所・58番札所・仙遊寺です。

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