2020年11月27日

円空仏色エンピツ画・名古屋市荒子観音寺所蔵・聖観音像

円空仏色エンピツ画・名古屋市荒子観音寺所蔵・聖観音像

7F9A2088-4410-43DC-BCE1-8C701B4BDEEF.jpg



荒子観音寺は名古屋市内にある天台宗の寺院。
聖観音像は正面から見ただけではその魅力は発見できず、側面像を見て初めてその魅力が判明するという。
この聖観音像を側面から見ると、鉈彫りの滑らかな美しさ、木肌の温かさからの柔らかく慎ましい口元に女性的な優しさがみられる。
円空が逗留していた延宝6年(1678)頃の40代後半ではないかということ。モデルは若い尼僧を対象としているようです。
posted by ミルクジジ at 05:30| Comment(0) | 観音菩薩像や人形・人物画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月21日

円空仏色エンピツ画・飛騨高山市清峯寺・千手観音立像

円空仏色エンピツ画・飛騨高山市清峯寺(せいほうじ)・千手観音立像 (127cm)(県指定重要文化財)の御尊顔部分です。
B2F05EEB-1819-49E3-9C94-AC52E3FB1257.jpg

清峯寺にある円空仏三体は、円空の代表的な名作といわれている。
円空が1690年頃に、この地に滞在して桧材に一刀彫りにしたものと伝わる。中でも、最高傑作と言われている千手観音は、円空が残した中で数体しかない大変貴重なもので、さらに等身大の大きさだというからすごい。
優しい細く長い目尻で、穏やかで柔らかい口もと、ふくよかな頬、周りに漂う空気感、ふっくらした微笑みに限りなく引きつけられてしまう。
posted by ミルクジジ at 05:12| Comment(0) | 観音菩薩像や人形・人物画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月15日

円空仏色エンピツ画・名古屋市千種区「鉈薬師堂」・雲形紋様の青面金剛神

円空仏色エンピツ画・名古屋市千種区「鉈薬師堂」・雲形紋様の「青面金剛神(しょうめんこんごうしん)」

D4E1DC4E-96C4-42B2-81F2-2C287BFB21FB.jpg

名古屋市千種区の鉈薬師堂は、円空が北海道から本州に戻った後の寛文9年(1669)に17体の円空仏を彫ったとされていて、堂内にはなんと名古屋城築城の余材を鉈一本で雲形紋様の十二神将、日光・月光菩薩、青面金剛神などが並んでいる。
鉈薬師堂の名は、円空が鉈一本で彫ったところからその名が付けられたそうです。

《青面金剛は庚申とも呼ばれ、日本仏教における信仰対象の一つ、青面金剛明王とも呼ばれ、夜叉神である。》
posted by ミルクジジ at 05:23| Comment(0) | 観音菩薩像や人形・人物画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月09日

円空仏色エンピツ画・円空のあらわす樹木の怒り・岐阜県飛騨秋葉神社・秋葉大権現像

円空仏色エンピツ画・円空のあらわす樹木の怒り・岐阜県飛騨秋葉神社・秋葉大権現像

EEE9376A-535B-4958-AC33-9ECFF7A805A6.jpg

像高43cm、一本一本荒削りで鑿跡がくっきり刻まれた様子は木の特質を、特に頭部と顔には木目をフルに生かして彫られている。そのため表情に強烈な迫力と凄みが感じられる。でも体には特に下部にはあまり手を入れていなくて、一般的な円空彫りなのも特徴的か。

秋葉大権現像は、円空が32歳の時に、三重県の神明神社のために造られたもので、日本の神話の像を作ったとされる稀な像のようです。
神像は造らないことが原則らしく、あえてその禁を犯した円空は、神と出会ってみたいという熱心な気持ちが信仰の根底にあったことを表しているそうです。


posted by ミルクジジ at 05:00| Comment(0) | 観音菩薩像や人形・人物画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月03日

円空仏色エンピツ画・愛知県丹羽郡扶桑町「正覚寺」円空の十二神将

円空仏色エンピツ画・愛知県丹羽郡扶桑町「正覚寺」円空の十二神将

​ブログ今まで通りですので、以後もお付き合いください。



6A14F7B2-FEBA-40D0-BF80-200773B9415D.jpg

円空がこんな荒削りの仏像を造ったのは、それは円空が木の霊を彫ろうとしたからで仏像そのものを彫ったものではないらしい。つまり、仏像は単純で気持ちが入っている。その木の神を現わそうとしたようで、そのために鉈一本で彫った木肌で示したようです。その辺は円空仏をスケッチしていてよくわかります。
思いきり鉈で迷いのない彫り跡が命に感じ、描いてて陰影をつけるのも気分爽快となります。確かに鉈一本だから簡単に彫れると言えば彫れるのでしょう。でもそんな単純なものではないはずだ。だから一生に12万体も彫れたのでしょう。それも江戸初期に関西から北海道まで行脚しながら。63歳で自ら入定するまで。
posted by ミルクジジ at 06:59| Comment(0) | 観音菩薩像や人形・人物画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする